2018年08月27日 日経コンストラクション
特集 維持・補修2018 恐怖の再劣化
その補修では逃げられない補修しても、補修しても、劣化が止まらない―。構造物で頻発する想定外の再劣化が、自治体の予算不足に追い打ちをかける。場当たり的な工法選択やいい加減な施工を続けていては、補修のトラブルは防げない。5年に1度の定期点検が今年度で一巡するものの、補修への注目度はまだ低い。今こそ、自治体向けの補修技術の開発や発注体制の見直しに乗り出す時だ。補修の危機が、あなたの町にも迫っている。(真鍋 政彦、長谷川 瑤子)
補修後の悪夢 再劣化が生む負の連鎖 予測不能で終わりが見えない恐怖がある―。富山市の橋梁保全対策の部署を率いる植野芳彦建設技術統括監は、一度補修した構造物に生じる再劣化に危機感をあらわにする。
同市では、補修後の橋梁に数年で再劣化が生じ、予定外の対策費が雪だるま式に増える事態に陥っている。
補修時に劣化が進行する要因を取り除けなかったことで、再劣化への対応に多額の費用を要しているのが、アルカリシリカ反応(ASR)を発症した橋梁だ。
ASRは、反応性鉱物を多く含む骨材がコンクリートに含まれるアルカリイオンと化学反応してアルカリシリカゲルを生成し、それが吸水膨張して、コンクリートにひび割れなどを起こす現象を指す。処理が遅れ、反応や膨張がある程度進行した段階では、その後の劣化を完全に止めるには大掛かりな対策を要する。
富山市内の神通川にかかる神通大橋では、ASRに起因する再劣化がここ数年で一気に進展した。とくに、橋脚と桁でASRが進行しており、これまでにおよそ8億円を投じて補修を繰り返してきた。だが、補修済みの橋脚は現在、亀甲上のひび割れが目立つ。
市は2016年度に実施した定期点検で、神通大橋の健全度を5年後の次回点検までに補修が必要な「Ⅲ」と判定した。ところが、現時点でまだ補修に踏み切れずにいる。補修をしても再劣化を繰り返すリスクは高く、長期的には架け替え以上の維持管理コストがかかる可能性があるからだ。
再劣化が再劣化を呼ぶ 植野技術統括監は「再劣化の対策費まで見込めば、12年に橋梁長寿命化修繕計画で概算した予算の倍近くが必要になる」と推察する。市が管理する2200超の橋梁の半数は建設から30年以上がたち、老朽化が進む。通常の点検や補修の予算確保もままならない厳しい財政状況に、再劣化が追い打ちをかける。
再劣化がどの橋でいつ生じるかは予測できず、あらかじめ予算を確保して置きにくい。再劣化が一度でも生じると、当初から計画していた補修の予算から対策費を捻出せざるを得ない。結果的に補修がおざなりになり、また再劣化を起こすという「負の連鎖」に陥る恐れがある。
再劣化を生む要因は、予算不足だけではない。工法・材料の不適切な選定や施工管理の不備など、人為的なミスによる再劣化も全国各地で目立つ。
ある自治体の道路保全課長は、「地場の建設コンサルタント会社や建設会社には、補修の知識や経験がほとんどない。とはいえ、自治体職員は間違いを指摘できるほどの技術力を持たず、受注者に言われるがまま。補修後の再劣化が生じるのは必然ともいえる状況だ」とため息をつく。
見逃された支承の損傷 実際に富山市でも、人為的なミスで再劣化が生じた例がある。ある橋で伸縮装置が破断して段差が生じたために補修したが、3年後の定期点検で再び段差が確認された。
その後、桁を補強して伸縮装置を取り替えたが、実はその対策は全くの見当違いで、段差のすぐ下で支承のローラーが脱落していた。点検結果を踏まえて市が実施した詳細調査で初めて明らかになり、その場で通行止めをする事態になった。
問題は、伸縮装置の破断が見つかった当初、点検した建設コンサルタント会社が支承の状況を確認していなかったうえ、そのことに発注者も気づかなかった点にある。さらに、その後の補修の設計や施工を担当した会社も支承の破損の可能性を見過ごしていた可能性が高い。
点検ばかりで補修は二の次 14年7月から道路構造物で義務付けられた5年に1度の点検が今年度で一巡する。点検結果が出そろい、いよいよ補修に本腰を入れる時期に来ている。にもかかわらず、点検ばかりに気を取られ、補修を二の次にしている発注者は少なくない。
正しい知識や経験を持って補修に臨まなければ、劣化の進行を止められないまま出費ばかりが重なり、適切な対策が打てなくなる。いずれは、重大な事故を引き起こしかねないという補修に潜む本当の恐怖に、あなたは気付いているだろうか。
意外と知らない補修トラブル
最適な対策のはずが逆効果に十分な知識や経験がない担当者が最適と思って実施した対策が、かえって損傷を悪化させる―。補修の現場で起こりがちなミスだ。補修が原因で生じた4つの問題を見ていこう。
CASE1 土砂化した床版、「はつり不足」で補修が裏目に
コンクリート床版の上面の舗装をはつりとってみたら、骨材とモルタルが分離してぼろぼろの砂利状になっていた―。冬季に凍結防止剤を散布する地域を中心に深刻化する床版上面の土砂化。進行すれば床版の抜け落ちにつながる危険があるばかりでなく、補修個所やその周辺から再劣化を起こしやすい変状として、道路管理者の悩みの種になっている。 ある県道の橋では、土砂化した鉄筋コンクリート床版の上面を補修してからわずか数年後に、意外な場所で再び損傷を確認した。補修個所の直下に位置する床版の仮面でひび割れが生じ、抜け落ちる寸前の状態にまで発達していたのだ。
その後の調査で専門家が推定した原因の1つが、床版上面を断面修復する際の「はつり不足」。土砂化の範囲が比較的小さい場合は、劣化したコンクリートをはつり出し、断面補修材を充填する。この時、補修個所の周辺に脆弱なコンクリートが残っていた可能性が高い。規制解除後に輪荷重を繰り返し受けた結果、残った脆弱分でひび割れが発達したとみられる。
コンクリートの劣化状況を正確に見極め、脆弱分を完全にはつり出すのは簡単ではない。コンクリートが健全な範囲とそうでない範囲との間には、目で見てわかるような境目がないからだ。さらに、はつりとる体積が大きくなれば、床版の耐力不足や打ち抜きのリスクが高くなる。
補修の技術アドバイザーとして活躍する樋野企画の樋野勝巳代表は、「土砂化の深さが床版厚の半分を超えるような場合は、床版を打ち換えるのが望ましい」と見解を示す。先の事例のように、中途半端に既設床版をはつり取れば、かえって床版の寿命を縮めかねない。
「その場で対応」が慣習化 土砂化で進んだ床版上面の補修に特有の問題は、これだけではない。床版上面の正確な劣化状況は、舗装を撤去するまでわからないため、補修の範囲や使用する材料を事前に検討しにくい。施工者まかせの場当たり的な対応になりがちで、ミスや施工不良につながりやすい。
床版の変状が疑われる範囲では、設計段階で試掘調査を実施することもある。それでも、局所的な情報しか得られないため、設計と施工とで数量などが大幅にずれることも少なくない。
ある補修工事会社の社員は、「舗装のうち替え工事の途中で床版上面の損傷を確認し、急きょ対応を求められるケースもある」と話す。それも、作業が増えるのに、通行止め期間の延長は認められず、厳しい工程を強いられるという。
施工範囲が広く、日中しか通行止めができないような現場では、そもそも舗装のうち替えだけでも時間に余裕がない。ここに床版上面の補修を組み込むことになる。舗装の切削を進めながらすぐ近くで床版の劣化範囲の調査やはつり出し、修復までを終える必要があるのだ。後工程にしわ寄せがいき、舗装を養生する時間が十分に取れないことも珍しくない。
先の補修工事会社の社員は、「本来であれば、入念に準備したうえで施工に臨む。それができない限り、高い品質での施工は難しく、再劣化を起こしてもおかしくない」と指摘する。適切な工法や材料を選ぶためにも、工程に余裕を持てる通行止め期間の設定などが発注者に求められている。
[発注方式]「とりあえず」が再劣化を生む 劣化の発生要因や信仰の経緯などを十分には検討しない「とりあえず」の補修では、すぐに再劣化が生じてしまう。
場当たり的な補修が生じる要因の1つは発注方式にある。現状は、設計と施工を分けて発注する新設工事の原則をそのまま補修に適用している。その結果、点検や調査で分かった劣化の状況が施工に反映されないケースが多い。
点検から補修の発注までに1年以上を要する場合もあり、その間にも劣化は進行する。早期に適切な補修をするためにも、点検から補修までを一括で発注するような方式を検討すべきだ。補修に関する正しい知識や経験を持った技術者が少ない今こそ、発注者と建設コンサルタント会社、建設会社が一体となって補修を進めてほしい。(談)
近未来コンクリート
研究会代表
十河茂幸氏
CASE2 漏水対策で電気防食が駄目に
繰り返し補修したことで、それ以前の補修効果が薄れてしまい、コンクリートの劣化を招いた例がある。
東北地方の海岸線から約800mの位置にかかるコンクリート橋では、電気防食を施したにもかかわらず、下フランジに幅40㎝、高さ30㎝もの大規模な剥離が生じた。電気防食後に講じた漏水対策によって電流が流れにくくなり、電流が届きにくい下ラウンジの底部で鋼材の腐食が進行したとみられる。
電流の流れやすさの指標となる分極量を測定したところ、剥離した個所とその周辺では防食効果を発揮する基準である100mV(ミリボルト)を下回っていることが発覚した。電気防食の陽極材として使用したチタンロッドは、T桁の下フランジの情報に設置してあった。底面までは距離があり、ほかの部位と比べて電流が流れにくかったとみられる。
ただし、陽極材の配置の不備は施工当初は顕在化していなかった可能性がある。
土木研究所の調査によると、この橋は1976年の竣工当初から桁上面の漏水が問題になっていた。電気防食を施した当初はそれがコンクリートの含水率を高めることにつながり、電流が流れやすい状態だった。
ところがその後、漏水対策として橋面防水の設置と桁の表面被覆を実施。雨水がコンクリートに浸透しなくなった結果、含水率が下がって電流が流れにくくなったとみられる。 土木研究所構造物メンテナンス研究センター橋梁構造研究グループの石田雅博上席研究員は、「電気防食を採用する場合は、陽極材の配置に問題がないかを施工直後に確認する必要がある。そのうえで、定期的に鋼材の電位などを確認しておくのが望ましい」と話す。
土木研究所は年内をめどに、電気防食工法を導入した橋が再劣化した事例を集約し、維持管理マニュアルをまとめる。
CASE3 塗膜剥離の高コスト問題で再劣化助長
鋼橋の主な特徴は再劣化対策である塗装塗り替え。市町村には、一度も塗り替えを実施していない鋼橋が多数存在する。予防保全が叫ばれて久しく、塗装の塗り替えが予算的にも技術的にもお手軽なため、自治体でも採用件数は増えることが予想される。
しかしこれまで通り、橋をビニールシートで覆い、塗膜をグラインダーなどで剥離することには、大きな落とし穴がある。それは、鉛系のさび止め塗料を巡る対応だ。
2014年3月、主塔高速道路会社の塗装塗り替え工事において、既存の塗膜を剥ぐためにグラインダーによるケレン作業を密閉空間内で実施していたところ、塗料に含まれる鉛が飛散し、作業員が高濃度の粉塵を吸引。「鉛中毒」を引き起こした。
今では鉛を大量にむくむ塗料は人体への悪影響を懸念して使われていないが、昔はさび止めの目的で含有していると量が多かった。供用中の鋼橋でも特に下塗り材には、かなりの確率で鉛が含まれているという。
厚生労働省は首都高の自己を受けて2か月後、鉛などを含有する塗料や剥離や書き落とし作業における労働者の健康障害防止に関する通達を出した。通達では「湿潤状態での剥離」や「湿潤状態にした場合と同程度の粉塵濃度まで低減させる方策を講じること」などを求めている。
下塗りの剥離を恐れ不十分な除去 しかし、自治体の塗り替え現場での実態は、通達通りに対応していないケースがほとんどだ。剥離剤を塗布するといった湿潤化のコストは、従来の乾式のケレンと比べて格段に高い。作業員の健康に配慮して安全衛生保護具を装備したり、周辺への飛散を考えて完全密閉したりすることも、費用がかさむ要因だ。
ある補修会社の技術部長は、「従来10橋ほど塗り替えられた予算でも、通達に沿った対策を施せば1、2橋しか塗り替えられない」と明かす。
維持管理の予算が不足する自治体は苦肉の策として、鉛中毒予防規則に抵触しないよう、下塗りを剥がない3種ケレンで対応するといった例もあるという。結果的にさびの除去が不十分となり、再劣化を助長するため、大きな問題だ。
もちろん通達の内容を全く知らずに、通常の乾式によるケレンを採用する発注者も少なくない。ある建設コンサルタント会社の技術者は、「県レベルでも、知らずに乾式による3種ケレンを塗膜剥離工事を発注してる」と落胆する。
積算基準が整備されていない 加えて問題なのが、通達に定量的な数値などの具体的な記述がない点だ。例えば、どの程度の粉塵濃度であれば措置をとるべきなのか、基準値を示していない。国土交通省も15年1月に、道路保全企画感から事務連絡で通達を補足しているが、その後、主だった動きはない。国交省の積算基準書は、湿式の塗膜剥離工法の歩掛かりが未だに未整備だ。
現在参考になる資料といえば、厚労省の通達を出すきっかけとなった当事者の首都高が14年にまとめたマニュアルだ。そのほか、「塗膜剥離の方法や該当する積算基準を知りたい」という自治体の要望を受けて、災害科学研究所がまとめた「中規模橋梁の維持管理ハンドブック」も参考になる。ハンドブックには施工フローの他、市販されている基準書の歩掛かりや施工単価などを使える工程を明確にしている。
ただし、厚労省も含鉛塗料に関する質問が耐えないことを問題視している。労働基準局は今年7月30日、「塗膜中の鉛の質量分率が0.06%以下の鉛・クロムフリーさび止めペイントは、含鉛塗料には該当しない」といった見解を示した。
「塗膜剥離について混乱や誤解を招いていているようなので、できる限り正しい情報を提供したい」と、厚労省安全衛生部化学物質対策課の小林弦太中央労働衛生官は話す。
CASE4 塩害対策の断面修復に施工不良
「施工者が材料や工法の保つ特性をきちんと理解しなければ、満足な補修はできない」。
福徳技研(広島市)の徳能武使社長が実感を込めてこう話すのには訳がある。福徳技研などが開発した「リハビリ工法」による断面修復で、施工不良が見つかったのだ。道交法はコンクリートを削って亜硝酸リチウムを含浸させ、塩害や中性化、アルカリシリカ反応を抑制する。
施工不良があったのは沖縄県内の長さ8mの鉄筋コンクリート橋。塩害が進行していたことから、補修設計を担当した建設コンサルタント会社は、リハビリ工法の普及を図るコンクリートメンテナンス協会の協力を得て、同工法を提案。その後、15年に地場の建設会社が協会から提供された材料を使い、断面修復やひび割れ注入などを実施した。
ところが、16年度の定期点検で、床版仮面を断面修復した箇所で浮きが出ていた。補修後に鉄筋の腐食膨張が進んだとなれば、亜硝酸リチウムによる防錆効果が薄かったことになる。工法への疑いを晴らすため、協会は無償で再施工を申し出た。
すると、既設コンクリートに塗布した亜硝酸リチウム系の表面含浸材と断面修復材の間で剥離が生じていた。施工時に表現含浸剤が過度に乾燥し、接着力が低下したのが原因とみられる。一般的な断面修復に比べれば、リハビリ工法は施工の手順や管理項目が多い。同交法の経験がない施工者が、工法の特徴を把握していなかった可能性が高い。
劣化の診断や工法の選択が適切であっても、経験の少ない施工者が担当すれば再劣化などのリスクは大きい。協会はこの教訓を生かし、リハビリ工法を採用する工事に、協会の認定を受けた技術者が立ち会うことを徹底している。
[補修技術の選択]「どんな性能を求めるか」を明確に コンクリート構造物に関しては、塩害、中性化、アルカリシリカ反応といった再劣化要因に対し、各社が新たな材料や工法を精力的に開発しており、補修技術のメニューは豊富になっている。
それでも、再劣化が後をたたないのはなぜか、実は、劣化に対して適切な補修技術を選べていないケースが多い。各技術の性能を横並びで比べる基準さえも整備されていない状況だ。
例えば、「塩害に効く」とうたう材料や工法の効果は、「塩化物イオンを侵入させない」、「水、酸素を侵入させない」、「鉄筋の腐食速度を緩める」、「部材の耐荷性能を高める」など様々だ。要求する性能を具体的かつ定量的に設定したうえで、補修技術を選ぶ必要がある。
とはいえ、コストに制限がある以上、最善とみられる補修技術すべての工事に適用できるとは限らない。
そこで、補修後の維持管理のシナリオも考慮して補修技術を選びたい。ある程度の初期費用を投じて根本的な補修を行い、以後の再劣化のリスクを最小限にするのが予防保全型のシナリオだ。一方で、当面は必要最小限の補修を行い、その後の再劣化と再補修まで見込んだシナリオもあり得る。この場合の再劣化は計画的なもので、いわゆる対症療法的な補修とは一線を画す。(談)
コンクリートメンテナンス協会
技術委員長
江良 和徳氏