(2) 亜硝酸リチウムを用いた具体的なASR補修工法
1.表面含浸工法
目的:『劣化因子の遮断』+『ASRゲルの非膨張化』 ASRはゲルの吸水膨張に起因しますので,表面被覆工法により外部からの水分浸入を抑制できれば以後のASR進行は低減できます.表面含浸工法の主たる目的は「外部からの水分遮断」ですが,補修材料に亜硝酸リチウムを併用することにより,「ゲルの非膨張化」効果をプラスアルファとして付与することができます.このときの亜硝酸リチウムの浸透範囲の概念は図3-20に示したとおりです.表面含浸工法にて水分を完全に遮断することは容易ではなく,一般的にはASR膨張性が小さい場合に適用されることが多いのですが,膨張性が大きい場合でも再補修を繰り返す維持管理シナリオの下で適用されることもあります.水分遮断効果は表面被覆工法よりもやや劣りますが,内部の水分を閉じ込めることがなく,以後のモニタリングも容易であるという利点があります.
表面含浸工法では,まずコンクリート表面をサンダーケレンまたは高圧洗浄にて下地処理します.施工面全体に亜硝酸リチウムをはけ,ローラーで入念に塗布した後,ケイ酸リチウム系表面含浸材を噴霧またははけ,ローラーで塗布し,散水養生を行います.コンクリート表面に塗布された亜硝酸リチウムは将来的に表層部にイオン浸透し,その範囲のゲルが非膨張化されます.表面含浸材は亜硝酸リチウムとの相性のよい材料を選定する必要があり,ケイ酸リチウム系含浸材が推奨されます.図3-21に亜硝酸リチウムを用いた表面含浸工法の概念図を,図3-22に施工状況を示します.
表面含浸工法では亜硝酸リチウムの標準塗布量が0.3kg/m2とされています.これは物理的に塗布可能な量から決まる塗布量であり,塩化物イオン濃度等に応じて定量的に塗布量を設定することはできません.亜硝酸リチウムの浸透の目安は5カ月間で30mmという実験結果が得られていますが,コンクリートの強度や状態によって変わってくると考えられます.
2.表面被覆工法
目的:『劣化因子の遮断』+『ASRゲルの非膨張化』 表面含浸工法と同様に,表面被覆工法の主たる目的は「外部からの水分遮断」ですが,補修材料に亜硝酸リチウムを混入または併用することにより,「ゲルの非膨張化」効果をプラスアルファとして付与することができます.このときの亜硝酸リチウムの浸透範囲の概念は図3-20に示したとおりです.表面被覆工法にて水分を完全に遮断することは容易ではなく,一般的にはASR膨張性が小さい場合に適用されることが多いのですが,膨張性が大きい場合でも再補修を繰り返す維持管理シナリオの下で適用されることもあります.
表面被覆工法では,まずコンクリート表面をサンダーケレンまたは高圧洗浄にて下地処理します.施工面全体に亜硝酸リチウムをはけまたはローラーで入念に塗布した後,亜硝酸リチウムを含有するポリマーセメントモルタル系表面被覆材でコンクリート表面をコーティングします.被覆工はコテ,はけ,ローラーなどで行います.コンクリート表面に塗布された亜硝酸リチウムは将来的に表層部にイオン浸透し,その範囲のゲルが非膨張化されます.ポリマーセメントモルタル系表面被覆材の上には,被覆層を保護するための上塗りを行う必要があります.上塗り材は亜硝酸リチウムを含有したポリマーセメントモルタルとの相性のよい材料を選定することが重要となります.図3-23に亜硝酸リチウムを用いた表面被覆工法の概念図を,図3-24に施工状況を示します.
表面被覆工法では亜硝酸リチウムの標準塗布量が0.3kg/m2,亜硝酸リチウム含有ポリマーセメントペーストの標準厚さが2mmとされていますが,必要に応じてペーストの塗布厚さを変えて亜硝酸リチウム供給量を多少調整することもできます.亜硝酸リチウムの浸透の目安は5カ月間で30mmという実験結果が得られていますが,コンクリートの強度や状態によって変わってくると考えられます.
3.ひび割れ注入工法
目的:『劣化因子の遮断』+『ASRゲルの非膨張化』
ASRで劣化したコンクリートの表面には多くのひび割れが発生していますので,ひび割れ注入工法によってひび割れを通じた水分浸入を抑制することが必要となります.ひび割れ注入の主たる目的は「外部からの水分遮断」ですが,補修材料に亜硝酸リチウムを併用することにより,「ゲルの非膨張化」効果をプラスアルファとして付与することができます.このときの亜硝酸リチウムの浸透範囲の概念は図3-20に示したとおりです.ASR補修としてひび割れ注入工法が単体で適用されることは少なく,表面含浸工法や表面被覆工法などと併用されることが多いようです.一般的にはASR膨張性が小さい場合に適用されることが多いのですが,膨張性が大きい場合でも再補修を繰り返す維持管理シナリオの下で適用されることもあります.また,ASRひび割れの箇所と鉄筋が交差している場合にはひび割れを通じて劣化因子が侵入し,局部的な鉄筋腐食を引き起こす原因ともなりますので,鉄筋腐食抑制を目的として補修材料に亜硝酸リチウムを使用することもあります.
ひび割れ注入工法では,まずコンクリート表面のひび割れ内部に亜硝酸リチウムを先行注入します.これによりひび割れ内部をプレウェッティングすると同時に,ひび割れ周辺のコンクリートにイオン浸透し,その範囲のゲルが非膨張化されます.亜硝酸リチウムを先行注入した後,ひび割れ内部が乾燥しないうちに超微粒子セメント系注入材を本注入します.超微粒子セメント系ひび割れ注入材は流動性に優れるため,ひび割れ先端まで確実に充填することができます.注入作業は先行注入,本注入ともに自動低圧注入器を用います.図3-25に亜硝酸リチウムを用いたひび割れ注入工法の概念図を,図3-26に施工状況を示します.
ひび割れ注入工法には,注入・圧入専用の浸透拡散型亜硝酸リチウムを使用することができます.ただし,亜硝酸リチウムの注入可能量はひび割れ幅と深さによって決まるため,アルカリ総量等に応じて定量的に注入量を設定するわけではありません.
4.内部圧入工法
目的:『ゲルの非膨張化』 表面被覆工法や表面含浸工法など,多くのASR補修工法の要求性能は「水分侵入の遮断」ですが,外部からの水分を完全に遮断することは極めて困難であり,早期には再劣化を引き起こすこともあります.亜硝酸リチウムはASRゲルの膨張性を化学的に抑制することができる補修材料であり,それを対象コンクリート部材全体に満遍なく供給することができれば全てのASRゲルが非膨張化されるため,以後のASR膨張を抑制することができると考えられます.そこで実用化されたのが亜硝酸リチウム内部圧入工法です.内部圧入工法は,亜硝酸リチウムのもつASR膨張抑制効果を最も積極的に活用する工法といえます.このときの亜硝酸リチウムの浸透範囲の概念は図3-19に示したとおりです.
ASR対策としての亜硝酸リチウム内部圧入工法には,部材寸法が厚い構造物(概ね500mm以上)に適用される油圧式圧入装置と,部材寸法が薄い構造物(概ね500mm未満)に適用されるカプセル式圧入装置の2種類があります.
【油圧式圧入装置による内部圧入工法】 油圧式内部圧入工法は,橋台,橋脚,擁壁,ダム,構造物基礎など,土木構造物一般に適用されます.ASR劣化したコンクリート躯体に小径の削孔(φ20mm)を行い,そこから亜硝酸リチウムを加圧注入してコンクリート内部に浸透させます.加圧注入に先立ち,コンクリート表面に生じているひび割れを,ひび割れ注入工法および表面被覆工法により閉塞します.これは亜硝酸リチウム水溶液を加圧注入する際に表面への漏出を防止するための処置です.コンクリート表面の漏出防止工が完了した後,圧入孔を削孔します.削孔間隔は500~1000mmとし,亜硝酸リチウム浸透範囲に斑ができにくいように千鳥配置とします.
注入圧力は対象構造物の劣化程度に応じて設定され,一般的に0.5~1.5MPaの範囲とされます.内部圧入する亜硝酸リチウムの量は対象構造物のアルカリ含有量に応じて構造物毎に設定され,その量はLi/Naモル比0.8となる量とされます.圧入期間は注入量やコンクリートの状態によって異なりますが,一般的には20~30日程度となります.内部圧入工が完了したら,圧入孔を充填して施工完了となります.油圧式内部圧入工法の概念図を図3-27に,施工状況を図3-28に示します.内部圧入工法には,注入・圧入専用の浸透拡散型亜硝酸リチウムを使用することができます.
【カプセル式圧入装置による内部圧入工法】 カプセル式圧入工法は,上部工,RC床版,ボックスカルバート,橋台のパラペットやウィングなどに適用されます.コンクリート躯体に小径の削孔(φ10mm)を行い,そこから亜硝酸リチウムを加圧注入してコンクリート内部に浸透させます.加圧注入に先立ち,コンクリート表面に生じているひび割れを,ひび割れ注入工法および表面被覆工法により閉塞します.これは亜硝酸リチウム水溶液を加圧注入する際に表面への漏出を防止するための処置です.コンクリート表面の漏出防止工が完了した後,圧入孔を削孔します.削孔間隔は500mmを標準とし,亜硝酸リチウム浸透範囲に斑ができにくいように千鳥配置とします.注入圧力は0.5MPaを標準とします.内部圧入する亜硝酸リチウムの量は対象構造物のアルカリ含有量に応じて構造物毎に設定され,その量はLi/Naモル比0.8となる量とされます.圧入期間は注入量やコンクリートの状態によって異なりますが,一般的には10~15日程度となります.内部圧入工が完了したら,圧入孔を充填して施工完了となります.カプセル式内部圧入工法の概念図を図3-29に,施工状況を図3-30に示します.内部圧入工法には,注入・圧入専用の浸透拡散型亜硝酸リチウムを使用することができます.
【亜硝酸リチウム設計注入量の算定方法】 ASR対策として内部圧入工法において,亜硝酸リチウムの設計注入量は次の要領で算定します(油圧式,カプセル式共通).
対象コンクリートのアルカリ総量を測定し,それら測定値の最大の値に対してリチウムイオンとナトリウムイオン(等価アルカリ量)のモル比(Li+/Na+モル比)が0.8となる量の亜硝酸リチウムを設計注入量とします.すなわち,コンクリート中のアルカリ含有量が高いほど,ASR膨張抑制のために必要となる亜硝酸リチウムの量が多くなります.
アルカリ総量と亜硝酸リチウム設計注入量との関係を図3-31に示します.ここで,図中の亜硝酸リチウム設計注入量とは亜硝酸リチウム40%水溶液としての量を示しています.
図3-31 亜硝酸リチウム設計注入量(ASRの場合)
【亜硝酸リチウム設計注入量の算定例(ASR対策の場合)】アルカリ総量4.0kg/m3の場合,亜硝酸リチウム設計注入量の算定は以下の通りとなる.