(1)亜硝酸リチウムを用いた塩害・中性化対策の基本的な考え方
構造物の外観変状調査の結果,鉄筋に沿ったひび割れや錆汁の滲出など塩害や中性化などの鉄筋腐食に起因する劣化が疑われた場合,詳細調査を実施して劣化要因の特定を行います.塩害に関する試験方法としては塩化物イオン含有量試験,中性化に関する試験方法としてはフェノールフタレイン法による中性化深さ試験などが挙げられます.また,塩害,中性化とも,鉄筋の腐食度を評価することが重要となりますので,はつり調査による鉄筋腐食度目視確認に加え,自然電位法や分極抵抗法などの非破壊検査手法を併用することも効果的です.
劣化要因が塩害または中性化であると判定されると,次に対策工法の選定を行います.塩害や中性化の対策工法を適切に選定するためには,以下のような着目点について考慮しておくことが重要です.
・鉄筋位置の塩化物イオン濃度が腐食発生限界濃度を超えているか?(塩害の場合)
・鉄筋位置まで中性化領域が進行しているか?(中性化の場合)
・鉄筋腐食はどの程度進行しているか?(塩害・中性化共通)
・今後も著しい劣化因子の浸入が想定される環境か?(塩害・中性化共通)
塩害の劣化因子として塩化物イオンを重視するのは,主にコンクリート中の鉄筋位置の塩化物イオン濃度が腐食発生限界を超えるまでの期間です.鉄筋位置に腐食発生限界濃度(例えば2.0kg/m
3や2.5kg/m
3など)以上の塩化物イオンが侵入し,鉄筋腐食環境が形成(不動態被膜が破壊)されてしまった後は,実際に鉄筋を腐食させる水分と酸素が主たる劣化因子となります.すなわち,まだ鉄筋位置の塩化物イオン濃度が腐食発生限界濃度に達する前の段階であれば,対策工に要求される性能は「劣化因子(塩化物イオン)の遮断」となります.また,既に鉄筋位置の塩化物イオン濃度が腐食発生限界濃度に達した後でも鉄筋腐食がまだ進行していない段階であれば,対策工に要求される性能は「劣化因子(水分,酸素)の遮断」とすることができます.しかし,コンクリートにひび割れや錆汁の滲出,はく離・はく落などが生じている場合には,既に鉄筋腐食が進行していることを示していますので,この段階で選定すべき対策工は「鉄筋腐食の抑制」を主たる要求性能とすべきです.また,劣化の程度や環境条件に応じて「劣化因子(水分,酸素,塩化物イオン)の遮断」や「劣化因子(塩化物イオン)の除去」などの要求性能を組み合わせることが重要です.
中性化に関しても同様の考え方ができます.中性化の劣化因子として二酸化炭素を重視するのは,主にコンクリート中の鉄筋位置まで中性化領域が進行するまでの期間です.中性化領域が鉄筋位置(例えば中性化残り10mm)まで進行し,鉄筋腐食環境が形成(不動態被膜が破壊)されてしまった後は,実際に鉄筋を腐食させる水分と酸素が主たる劣化因子となります.すなわち,まだ鉄筋位置まで中性化が進行する前の段階であれば,対策工に要求される性能は「劣化因子(二酸化炭素)の遮断」となります.また,既に鉄筋位置まで中性化した後でも鉄筋腐食がまだ進行していない段階であれば,対策工に要求される性能は「劣化因子(水分,酸素)の遮断」とすることができます.しかし,コンクリートにひび割れや錆汁の滲出,はく離・はく落などが生じている場合には,既に鉄筋腐食が進行していることを示していますので,この段階で選定すべき対策工は「鉄筋腐食の抑制」を主たる要求性能とすべきです.また,劣化の程度や環境条件に応じて「劣化因子(水分,酸素,二酸化炭素)の遮断」や「劣化因子(二酸化炭素)の除去」などの要求性能を組み合わせることが重要です.
これらを考慮して,要求性能に応じた塩害・中性化の対策工法選定の考え方について以下に示します.
主たる要求性能が「劣化因子の遮断」の場合
対策工の主たる要求性能を「劣化因子の遮断」と設定できるのは,まだコンクリート内部の鉄筋腐食がそれほど進行していない段階です.劣化グレードでは潜伏期~進展期に相当します.この段階はまだコンクリート表面に目立った変状が発生していませんので,主に予防保全的な対策工の選定となります.ここでの亜硝酸リチウムの役割は,将来的に生じうる鉄筋腐食に対して,あらかじめ亜硝酸イオンを供給しておくこととなります.これらを踏まえて,塩害または中性化において,まだ鉄筋腐食が進行しておらず,主たる要求性能が「劣化因子の遮断」となる場合に適用可能な対策工法を表3-1に示します.
表3-1 まだ鉄筋腐食が進行していない場合の塩害・中性化対策工法
適用できる対策工 | 概要 |
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表面含浸工法 | ・コンクリート表面に亜硝酸リチウムを塗布した後,表面含浸材を塗布・含浸させる. ・塗布した亜硝酸リチウムがコンクリート内部へ浸透し,将来的な鉄筋腐食を抑制する.また,表面含浸材が外部からの劣化因子の侵入を遮断し,腐食環境の悪化を抑制するとともに,亜硝酸リチウムの溶出を防ぐ. |
表面被覆工法 | ・コンクリート表面に亜硝酸リチウムを塗布した後,亜硝酸リチウムを含有した表面被覆材にてコーティングする. ・塗布した亜硝酸リチウムおよび被覆材に含まれる亜硝酸イオンがコンクリート内部へ浸透し,将来的な鉄筋腐食を抑制する.また,表面被覆材が外部からの劣化因子の侵入を遮断し,腐食環境の悪化を抑制する. |
主たる要求性能が「鉄筋腐食の抑制」の場合
塩害や中性化により鉄筋が既に腐食すると,その腐食生成物(錆)の膨張圧によりコンクリートにひび割れが生じます.そのひび割れからは錆汁の滲出が見られることが多く,さらに腐食が進行するとコンクリートのはく離・はく落が生じます.そして最終的には腐食によって鉄筋断面が著しく減少し,耐久性能のみならず耐荷性能までも損なうこととなります.一般的に,点検業務や調査業務の段階で塩害や中性化による劣化が発見される場合,すでに上記のようなコンクリートの変状が顕在化している状態であることがほとんどです.このような場合には,対策工の主たる要求性能を「鉄筋腐食の抑制」と設定すべきです.なぜなら,塩害にて鉄筋腐食が発生しているということは,既に鉄筋位置での塩化物イオン濃度が十分に高いことを示しており,その段階でいくら外部からの塩化物イオンの侵入を阻止しても鉄筋腐食環境は改善されないからです.同様に,中性化にて鉄筋腐食が生じているということは,既に鉄筋位置まで中性化が進行していることを示しており,その段階でいくら外部からの二酸化炭素の侵入を阻止しても鉄筋腐食環境は改善されません.この段階では,既に腐食を開始した鉄筋に対し,以後の腐食反応をいかに抑制するかを考えることが重要です.
鉄筋が腐食を開始しているということは,換言すれば鉄筋周囲の不動態被膜が破壊されているということです.一度破壊された不動態被膜は,自然に回復することはありません.しかし,そこに亜硝酸リチウム(の亜硝酸イオン)を供給すると,不動態被膜が再生され,以後の鉄筋腐食反応を抑制する効果が期待できます.亜硝酸リチウムを用いた塩害・中性化対策工法としてよく適用されている「断面修復工法」に加えて,近年では「内部圧入工法」も実用化され,実績が増えています.また,塩害や中性化で発生しているひび割れの奥には腐食した鉄筋が存在するはずですので,「ひび割れ注入工法」によって亜硝酸リチウムを直接供給することもできます.ここでの亜硝酸リチウムの役割は,既に腐食が進行している状態の鉄筋に対して直ちに亜硝酸イオンを供給し,以後の鉄筋腐食反応を抑制することとなります.
これらを踏まえて,塩害や中性化により鉄筋が腐食し,コンクリートにひび割れやはく離などの変状が生じている場合の,「鉄筋腐食の抑制」を主たる要求性能とした対策工法を表3-2に示します.
なお,この劣化段階で表面被覆工法や表面含浸工法を適用することもありますが,その場合は亜硝酸イオンが鉄筋位置まで浸透するまでに長時間かかることと,供給可能な亜硝酸イオン量に制限があることなどから,再劣化を想定した維持管理シナリオをあらかじめ想定しておく必要があります.
表3-2 既に鉄筋が腐食し,コンクリートに変状が生じている場合の塩害・中性化対策工法
適用できる対策工 | 概要 |
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内部圧入工法 | ・コンクリートに削孔し,鉄筋周囲のコンクリートに亜硝酸リチウムを内部圧入する. ・内部圧入によって十分な量の亜硝酸イオンが鉄筋周囲へと供給されるため,直ちに鉄筋腐食抑制効果が発揮される. |
断面修復工法 | ・劣化しているコンクリート表面をはつり取り,鉄筋表面に亜硝酸リチウムを塗布した後,ポリマーセメントモルタルにて断面を修復する. ・鉄筋表面に亜硝酸イオンを直接供給できる.また,断面修復材のポリマーセメントモルタルに亜硝酸リチウムを混入することもできる. |
ひび割れ注入工法 | ・ひび割れに亜硝酸リチウムを先行注入した後,無機系注入材を本注入してひび割れを閉塞する. ・先行注入した亜硝酸リチウムが腐食した鉄筋に到達し,以後の腐食を抑制する.本注入した無機系ひび割れ注入材がひび割れを閉塞し,ひび割れを通じた劣化因子の侵入を遮断する. |