(3)亜硝酸リチウムによるASR抑制効果
亜硝酸リチウムの成分である亜硝酸イオンとリチウムイオンのうち,ASRの抑制に寄与するのは「リチウムイオン」です.MacCoyらが1951年に発表した論文においてリチウムイオンによるASR抑制効果が初めて示され,それ以降,様々なリチウム化合物を用いたASR抑制効果に関する多くの実験的研究が国内外でなされています.いずれの研究においても概ね反応性骨材を使用したコンクリートまたはモルタルを練り混ぜる段階で一定量以上のリチウム化合物を供給した場合,ASR膨張が抑制されることが検証されています.
第2章に記述したとおり,ASRの進行過程は第1ステージ「骨材中のシリカ鉱物とコンクリート中のアルカリ金属との反応によってアルカリシリカゲル(Na2O・nSiO2)が形成される過程」と,第2ステージ「アルカリシリカゲル(Na2O・nSiO2)が水分を吸収して膨張する過程」に分離して考えることができます(図3-7).ASRの進行過程の反応機構をみると,十分な水,十分なアルカリ金属イオン,および骨材中の反応性シリカの存在,という3つの条件が揃ったときに,ASRによるコンクリートの劣化が生じるということが理解できます.換言すれば,これら3条件のうちいずれか1条件の成立を阻止することにより,ASRによるコンクリートの劣化を抑制することができると考えられます.
従来,ASRによって劣化したコンクリート構造物の補修工法として表面保護工により外部からの水分供給を遮断する対策が多く採られてきました.これは図3-7中の第2ステージに示されるゲルの吸水膨張を阻止することを目的としています.しかし,例えば橋台や擁壁などのように背面土砂側からの水の供給を遮断することが困難な場合もあり,条件によっては外部からの水の供給を完全に遮断することは難しい場合があります.
ここでリチウムイオンが登場します.リチウムイオンによるASR膨張抑制メカニズムは諸説ありますが,現時点ではリチウムイオンがアルカリシリカゲルを非膨張化させるという考え方が一般的です.図3-7にて示したASRの進行過程のうち,リチウムイオンの存在下では第2ステージのアルカリシリカゲルの膨張が抑制されます.すなわち,アルカリシリカゲル(Na
2O・nSiO
2)にリチウムイオン(Li
+)が供給されることによって,水に対する溶解性や吸湿性を持たないリチウムモノシリケート(Li
2・SiO
2)またはリチウムジシリケート(Li
2・2SiO
2)に置換され,アルカリシリカゲルが非膨張化されるのです.これらを反応式で表すと図3-8のようになります.アルカリシリカゲルがリチウムイオンによって非膨張化されると,吸水膨張反応が収束するため,以後,コンクリートのひび割れは進行しなくなります.これがリチウムイオンによるASR抑制のメカニズムです.