(2)ASRによる劣化事例
ASRによるコンクリート構造物の劣化は,ひび割れ,変位・変形,段差,変色,ゲルの滲出などの現象として表面化することが多く,その中でもひび割れの発生状況は特徴的です.無筋または鉄筋量の少ないコンクリート構造物では網の目状または亀甲状のひび割れが多く見られます.図2-30に示す擁壁のひび割れや,図2-31に示す橋脚はり部のひび割れの状況がこれに相当します.一方,軸方向鉄筋やPC鋼材によりASRによる膨張が拘束されている鉄筋コンクリートおよびプレストレストコンクリート構造物では,拘束方向に直交する方向のひび割れが発生しにくいため,軸方向鉄筋やPC鋼材に沿った方向性のあるひび割れが多く見られます.図2-32はPC桁の下フランジ下面に発生したASRひび割れの状況を示しています.
ASRは構造物の置かれた環境条件(温度,湿度,日射,雨掛かりなど)の影響を大きく受けるため,同一の構造物においても部位や位置によってASRの劣化程度が大きく異なることもあります.図2-33に示す橋脚では,はりの張出し部において著しいひび割れが発生していますが,はり中央部および柱部ではそれほどひび割れが見られません.
ASRにより劣化したコンクリートは,圧縮強度や静弾性係数の低下が見られることが多く,特に圧縮強度と比較して静弾性係数の低下が顕著であり,より鋭敏に現れることが知られています.また,鉄筋とコンクリートとの付着力の低下も懸念されます.さらに近年,ASRによるコンクリートの膨張によって鉄筋コンクリート構造物中の鉄筋の曲げ加工部や圧接部での鉄筋破断事例が複数報告されています.鉄筋破断が確認されているのは大部分が橋梁構造物であり,橋脚のはり部やフーチングなどでの事例が報告されています.図2-34はASRによって生じた鉄筋破断の事例で,はり先端部の鉄筋曲げ加工部において破断が見られます.
ASRの劣化のうち特に特徴的なのは「再劣化」です.ASRの膨張性は非常に大きく,かつ長期間に及びますので,構造物の環境条件などによってはASR補修効果を維持できず,再劣化に至ることが少なくありません.図2-35は過去に表面被覆工法により補修された橋脚はり部に生じたASRの再劣化状況です.橋脚はり部には伸縮継手を通じて橋面からの排水が流れ込みますが,はり天端には桁や支承,アンカーバーなどがあり,十分な被覆作業が困難であることが多いため,水分遮断効果が十分に得られなかったものと考えられます.図2-36は過去に表面被覆工法により補修された橋台に生じたASRの再劣化状況です.橋台や擁壁の背面は土砂に接しており背面側を被覆することができないため,水分浸入を完全に遮断することが困難です.図2-37はASRで劣化していた橋脚に対し,耐震補強工事としてRC巻立て工が施工された直後,巻立てコンクリート表面にひび割れが発生した事例です.巻立てコンクリートを打設した段階で既設のASRコンクリートに十分な水分と高温を与えた結果,ASRを促進してしまい,そのASR膨張が巻き立てコンクリート表面まで伝播した可能性が考えられます.
このように,ASRの補修にあたっては,対象構造物の環境条件や構造条件を十分に考慮して,適切な工法や材料を選定することが重要であるといえます.