(3)塩害の補修工法
塩害により劣化したコンクリート構造物の補修工法を選定するにあたっては,構造物の劣化状況が潜伏期,進展期,加速期,劣化期のどの劣化過程にあるかを十分に見極め,補修工法に期待する要求性能を明確にする必要があります.塩害による構造物の外観上のグレード(劣化過程)と劣化の状態との関係を表2-1に示します.
表2-1 塩害を受ける鉄筋コンクリート構造物の外観上のグレードと劣化の状態
構造物の外観上のグレード | 劣化過程 | 劣化の状態 |
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グレードⅠ | 潜伏期 | 外観上の変化が見られない,腐食発生限界塩化物イオン濃度以下. |
グレードⅡ | 進展期 | 外観上の変化が見られない,腐食発生限界塩化物イオン濃度以上,腐食が開始. |
グレードⅢ-1 | 加速期前期 | 腐食ひび割れが発生,錆汁が見られる. |
グレードⅢ-2 | 加速期後期 | 腐食ひび割れの幅や長さが大きく多数発生,腐食ひび割れの進展に伴うかぶりコンクリートの部分的なはく離・はく落が見られる,鋼材の著しい断面減少は見られない. |
グレードⅣ | 劣化期 | 腐食ひび割れの進展に伴う大規模なはく離・はく落が見られる,鋼材の著しい断面減少が見られる,変位・たわみが大きい. |
出典:「2013年制定 コンクリート標準示方書[維持管理編] 土木学会」
劣化過程を評価する上では,鉄筋腐食に関する定量的なデータを得るために,かぶりコンクリートをはつり出し,腐食の有無,位置,面積,孔食の有無,などの鉄筋腐食調査を行うことが重要です.また,コンクリート中の含有塩化物イオン量の測定,特にコンクリート表面からの深さ方向の塩化物イオン量の分布を測定することが,Fickの拡散方程式等を用いて今後の劣化進行度合いを推定する上で重要となります.これらの調査,診断結果を十分考慮して補修要否を判定し,要求性能を満たす補修工法を選定します.
塩害の補修工法に期待する効果(要求性能)は次のようになります.
【塩害補修工法の要求性能】 ①劣化因子の遮断 (コンクリート中への塩化物イオン,水,酸素の侵入を低減する)
②劣化因子の除去 (既にコンクリート中に侵入した塩化物イオンを除去する)
③鉄筋腐食の抑制 (既に腐食が開始している鉄筋の腐食進行を抑制する)
上記①~③の各要求性能に該当する補修工法として以下のようなものが挙げられます.
①劣化因子の遮断 (コンクリート中への塩化物イオン,水,酸素の侵入を低減する)
・表面保護工法 (表面被覆工法,表面含浸工法など)
・ひび割れ注入工法 (超微粒子セメント系,エポキシ樹脂系など)
②劣化因子の除去 (既にコンクリート中に侵入した塩化物イオンを除去する)
・断面修復工法 (部分断面修復工法,全断面修復工法など)
・脱塩工法
③鉄筋腐食の抑制 (既に腐食が開始している鉄筋の腐食進行を抑制する)
・電気防食工法 (外部電源方式,流電陽極方式)
・鉄筋防錆材の活用 (亜硝酸リチウムなど)
次頁より,要求性能①~③に応じた各補修工法の概要を記します.
①劣化因子の遮断 (コンクリート中への塩化物イオン,水,酸素の侵入を低減する)
【表面保護工法】
塩害における劣化因子とは,不動態被膜を破壊する塩化物イオン,鉄筋を腐食させる水と酸素を指します.コンクリート表面から侵入し,内部へと浸透拡散する塩化物イオン(飛来塩分),水,酸素に対しては,表面保護工法によって侵入を抑制することができます.表面保護工法は「表面被覆工法」と「表面含浸工法」の2種類に分類することができます.
(1)表面被覆工法 表面被覆工法は,コンクリート表面に有機系もしくは無機系の被覆材をはけ,ローラー,コテなどで塗布して表面を覆うことにより,外部からの劣化因子の侵入を遮断する工法です(図2-7).一般的にはプライマー,中塗材,上塗材と複数の種類の材料を重ね塗りします.有機系被覆材には様々な種類があり,柔軟性や膜厚などを環境条件に応じて比較的自由に計画することができます.無機系被覆材は,主としてポリマーセメントモルタル系被覆材が用いられます.
近年では第三者被害を防ぐためのはく落防止機能を備えた表面被覆材も実用化されています.また,ポリマーセメント系表面被覆材は亜硝酸リチウムを混入して塗布することができるため,表面被覆工による劣化因子の遮断効果に加え,亜硝酸リチウムによる鉄筋防錆効果を付与することも可能となります.亜硝酸リチウムを用いた表面被覆工法については第3章にて詳細に記述します.
(2)表面含浸工法 表面含浸工法は,シラン系やけい酸塩系などに代表される含浸材をコンクリート表面にはけやローラーにて塗布,含浸させることにより,外部からの劣化因子の侵入を遮断する工法です(図2-8).シラン系含浸材はコンクリート表層に含浸して撥水層を形成する効果があり,ケイ酸ナトリウムやケイ酸リチウムなどのケイ酸塩系含浸材はコンクリート表層部の組成を緻密化し,改質する効果があります.このように表面含浸材の種類によって劣化因子の侵入抑制メカニズムは異なります.
劣化因子の遮断効果および耐用年数は一般的に表面被覆工に比べて劣るといわれていますが,この工法は表面被覆材のようにコンクリート表面に被膜層を設けないため,構造物の外観を変えることがなく,以後のモニタリングが容易であるという利点もあり,適用される事例が増えています.また,表面被覆工法と同様に亜硝酸リチウムと併用することもできます.亜硝酸リチウムを用いた表面含浸工法については第3章にて詳細に記述します.
(3)ひび割れ注入工法 コンクリートにひび割れが存在する場合,ひび割れを介して塩化物イオン,水分,酸素が鉄筋位置に直接供給されることから,十分なかぶりが確保されていても鉄筋腐食が進行する可能性か高まります.このため,ひび割れ注入工により劣化因子の侵入を阻止する必要があります.
ひび割れ注入工法はスプリング圧やゴム圧による低圧注入器を用いて,セメント系,ポリマーセメント系,エポキシ樹脂やアクリル樹脂などの有機系材料をひび割れ内部に低圧,低速で注入し,閉塞させる工法です(図2-9).ひび割れ注入工法はコンクリート表面のひび割れ幅が0.2mm~30.0mm程度のものに適用可能です.単なるひび割れ補修では,ひび割れ幅が大きいものには経済性の理由によりひび割れ充填工法(Uカット)を適用する場合もありますが,鉄筋腐食抑制の観点からはひび割れ充填工法よりもひび割れ注入工法の方が抑制効果が高いと考えられますので,劣化要因に応じた工法選定を行う必要があります.
エポキシ樹脂などの有機系注入材を使用する場合には,ひび割れ内部が乾燥した状態で施工する必要があります.ひび割れ内部が湿潤状態の場合には注入材の硬化が阻害され,十分な付着性が得られないことがありますので,湿潤面硬化型の注入材を使用するなどの対処が必要となります.逆に,セメント系注入材はひび割れ内部が乾燥した状態では注入材の流動性,充填性が低下します.従って,セメント系注入材を使用する場合には,ひび割れ内部に十分な水通し(プレウエッティング)を行った上で施工する必要があります.セメント系注入材の中でも,流動性に優れ,ひび割れ先端部の微細な隙間にまで注入可能な超微粒子セメント系注入材の使用が増えています.
セメント系注入材は亜硝酸リチウムと併用して注入することができるため,ひび割れ注入工法による劣化因子の遮断効果に加え,亜硝酸リチウムによる鉄筋防錆効果を付加することも可能となります.亜硝酸リチウムを用いたひび割れ注入工法については第3章にて詳細に記述します.
②劣化因子の除去 (既にコンクリート中に侵入した塩化物イオンを除去する)
【断面修復工法】 コンクリート中の塩化物イオン量が腐食発生限界を超えており,鉄筋腐食が開始している場合では,塩化物イオンを含むコンクリートをはつり取り,断面修復材を用いて断面欠損部分を修復するという方針を採ることができます.断面修復工法といえば,一般的にはコンクリート脆弱部(浮き,はく離,鉄筋露出,断面欠損などの箇所)の修復という目的で部分的に適用される部分断面修復工法を指すことが多いのですが,塩害対策としてコンクリート内部の塩化物イオンを除去することを目的とした断面修復工法は,コンクリート表層部の全範囲を断面修復する全断面修復を指します.断面修復材には母材コンクリートとの付着性,一体性を要求されますので,その性能を満たす材料としてポリマーセメントモルタルが多く用いられています.
a) 部分断面修復工法
塩害による鉄筋腐食が進行すると,コンクリート表面に浮き,はく離,鉄筋露出などが生じます.それらの変状箇所を部分的にはつり取り,断面修復材にて埋め戻すのが部分断面修復工法です.部分断面修復工法は1カ所あたりの施工範囲が比較的小規模な場合が多いため,主に左官工法(図2-10)が適用されます.部分的にはつり取ったコンクリートからは塩化物イオンが除去されるため,部分的に「劣化因子の除去」がなされたと言えます.しかし,はつり範囲以外のコンクリートにも塩化物イオンは存在しているため,将来的には新たな鉄筋腐食が進行することが予測されます.さらに,断面修復部と未修復部との境界面においてマクロセル腐食が生じる可能性も指摘されており,注意が必要です.断面修復部に犠牲陽極材を設置する方法や,断面修復材に亜硝酸リチウムを混入して使用する方法により,鉄筋防錆効果を付与すると同時に,マクロセル腐食を低減することができます.亜硝酸リチウムを用いた断面修復工法については第3章にて詳細に記述します.
b) 全断面修復工法
鉄筋位置での塩化物イオン濃度が腐食発生限界を超えている場合,鉄筋の不動態被膜が破壊され,鉄筋が腐食環境に置かれます.そこで鉄筋周囲に存在する塩化物イオンを全て除去することを目的としてかぶり範囲のコンクリートを全てはつり取り,断面修復材にて埋め戻すのが全断面修復工法です.「劣化因子の除去」という要求性能を満たすための断面修復工法はこの全断面修復工法を指し,コンクリート表面の浮き,はく離の有無に関わらずコンクリート表面全体を施工対象とします.全断面修復工法は,対象部位や施工の方向,施工規模などに応じて左官工法,吹付け工法(図2-11),充填工法などを使い分けます.
【脱塩工法】 コンクリート中の塩化物イオン量が腐食発生限界を超えており,鉄筋腐食が開始しているような場合には,塩化物イオンをコンクリート外部へ除去することによって鉄筋の腐食環境を改善するという方針を採ることができます.脱塩工法は,コンクリート表面に陽極材と電解質溶液を設置し,陽極からコンクリート中の鉄筋(陰極)へ直流電流を流すことによってコンクリート中の塩化物イオン(陰イオン)を外部の陽極側へ電気泳動させ,コンクリート内部の塩化物イオン量を低下させる方法です(図2-12).脱塩工法を施工することによって鉄筋位置の塩化物イオン量が低下するため,鉄筋腐食環境が改善されます.脱塩を行うための電流量は通常1A/m
2程度で,約8週間の通電を行うのが一般的です.通電が終わると陽極材は撤去されます.
かぶりコンクリートが比較的健全な状態の場合ではコンクリートをはつることなく塩化物イオンのみを除去できるため,このような劣化程度の構造物に対して適応性が高いといえます.塩害環境が厳しい場合には,脱塩工法を施工した後に再び塩化物イオンが侵入することのないよう,表面保護工などの対応策を併せて実施する必要があります.
出典:「コンクリートのひび割れ調査、補修・補強指針-2009-」
③鉄筋腐食の抑制 (既に腐食が開始している鉄筋の腐食進行を抑制する)
【電気防食工法】 塩害によるコンクリート中の鉄筋腐食の程度が著しい場合,あるいは今後の鉄筋腐食が著しく進行すると想定される場合には,電気化学的な手法を用いて鉄筋腐食進行を抑制する方針を採ることができます.電気防食工法は,継続的な通電を行うことによってコンクリート中の鉄筋の腐食反応を電気化学的に制御し,劣化の進行を抑制する工法です.電気防食工法では,コンクリート表面に陽極材を設置し,陽極材からコンクリート中の鉄筋(陰極)へ継続的に直流電流(防食電流)を流します.この防食電流が適切に流れている期間は鉄筋の腐食は抑制されます.
電気防食を行うための電流量は通常0.001~0.03A/m
2程度で,対象構造物の供用期間を通じて通電を行う必要があります.従って,電流供給システムの耐久性などを考慮し,定期的なメンテナンスが必要となることに留意する必要があります.
なお,電気防食工法を大別すると,先述したような外部の電源から強制的に防食電流を流す外部電源方式と,鉄筋と陽極材との電池作用により防食電流を流す流電陽極方式(犠牲陽極方式)の2種類があります.
出典:「コンクリートのひび割れ調査、補修・補強指針-2009-」
【鉄筋防錆材の活用 (亜硝酸リチウム)】 亜硝酸イオンには鉄筋防錆効果がありますので,塩害によるコンクリート中の鉄筋腐食の程度が著しい場合,あるいは今後の鉄筋腐食が著しく進行すると想定される場合には,鉄筋防錆材として亜硝酸イオンを活用する方針を採ることができます.亜硝酸イオンを含む代表的な防錆材として亜硝酸リチウム(図2-14)が挙げられます.
亜硝酸リチウムを鉄筋防錆材として使用または併用する手段として,以下の5種類の方法が実用化されています.
亜硝酸リチウムを用いた補修工法 ・表面被覆工法
・表面含浸工法
・ひび割れ注入工法
・断面修復工法
・内部圧入工法
表面被覆工法,表面含浸工法,ひび割れ注入工法においては,各補修工法の主たる要求性能はあくまで『劣化因子の遮断』ですが,その補修材料に亜硝酸リチウムを使用または併用することにより鉄筋腐食抑制効果も一部付与することができます.断面修復工法においては,その主たる要求性能は『劣化因子の除去(全断面修復)』,『コンクリート脆弱部の修復(部分断面修復)』ですが,補修材料に亜硝酸リチウムを併用することにより鉄筋腐食抑制効果(マクロセル腐食抑制効果も含む)も付与することができます.
ここで,『鉄筋腐食の抑制』を主たる要求性能とする補修工法として内部圧入工法が挙げられます.これは亜硝酸リチウムによる鉄筋腐食抑制効果を最も積極的に活用する工法と言えます.この工法ではコンクリートに削孔した小径の圧入孔から亜硝酸リチウムを内部圧入することで鉄筋表面に亜硝酸イオンを供給し,破壊されていた鉄筋不動態被膜を再生します.
これらの亜硝酸リチウムを用いた塩害補修工法については第3章にて詳細に記述します.