近未来コンクリート研究会 代表 十河 茂幸
一般社団法人コンクリートメンテナンス協会 顧問
はじめに 脱炭素社会に向けてあらゆる分野で活動が進められている。コンクリート分野では、セメントを活用するため、特に二酸化炭素の排出が問題視され、喫緊の課題とされているが、コンクリート構造物は、過去の災害事例からも多くの貢献をしており、なくてはならないインフラと考えざるを得ない。カーボンニュートラルを実現するためにはコンクリート構造物を延命化し、新たな二酸化炭素の排出を抑制しなければならない。そのためには、維持管理を徹底し、予防保全を行うことが重要となる。
1.コンクリート構造物の劣化事例 コンクリート構造物を劣化させる要因は様々である。図‐1に示すように、コンクリート自体を劣化させる凍害、アルカリシリカ反応(ASR)、酸などで侵される化学的腐食などのほか、過大な外力を受けてひび割れが生じて劣化に至る場合や、大型車両の通行による繰り返し作用を受けた疲労などがある。
しかし、最も事例として多いのは塩害と中性化による劣化である。塩害とは、塩化物イオン量が限界濃度を超えると鉄筋の不動態皮膜が破壊され、鉄筋の腐食が進み、腐食膨張によりコンクリートがひび割れ、さらにひび割れから塩化物イオンが侵入して腐食膨張が激しくなって、ついには剥落が生じるといった現象である。写真‐1にその末路を示す。
中性化による鉄筋腐食も同様である。中性化は、コンクリートが二酸化炭素と反応して炭酸カルシウムとなり、高アルカリから中性に向かうことで中性化と呼ばれているが、中性化すると強アルカリで鉄筋の腐食が守られていた不動態皮膜が破られて鉄筋が腐食することになる。中性化により鉄筋腐食は、写真‐2に示すように、比較的かぶり厚さが小さい箇所で生じる現象である。
2.劣化原因の特定方法 劣化原因の特定は、コンクリートの状態から判定できる。例えば、骨材のアルカリシリカ反応による劣化の場合は、写真‐3に示すように、拘束がない条件では亀甲状のひび割れが生じ、拘束があると拘束された方向にひび割れが生じる。凍結融解に繰り返しによる凍害を受けた場合は、写真‐4に示すように、表面からスケーリング(剥離する現象)が生じる。凍害は、水が凍結して体積膨張を生じるために起こるので、水の浸入を防止すれば収まるが、写真に示すように昼間に溶けた雪が供給されるような状態では、ますます劣化が進む。維持管理が重要となる。
化学的腐食の場合は、コンクリートがアルカリ性であるため、特に酸性に弱い特性がある。この劣化は、コンクリートが表面から剥離して、ついには鉄筋まで溶かしてしまうことになる。初期段階で発見しないと、構造安全性も脅かすことになる。維持管理で早期対応が望まれる。
以上のように、様々な要因で劣化が進むので、それぞれの劣化要因ごとに維持管理で早期に劣化を予測し、予防保全を行うことが必要である。
3.劣化診断の在り方 過去に構築されたコンクリート構造物は、メンテナンスフリーと考えられていたため、新設構造物では、維持管理計画は立てられていない。しかし、土木学会の「コンクリート標準示方書【維持管理編】」(以下、示方書)が刊行されて以来、まず、新設構造物の建設時に維持管理計画を立案することが必要とされた。図‐2に示方書の維持管理のフローを示す。
維持管理計画では、構造物の供用期間において構造物の性能を所要の水準以上に保持することとされ、そのために定期的に点検を行い、点検結果から劣化メカニズムを推定し、その後の劣化の経過を予測し、性能の確保を行うために対策を講じることが求められている。
しかし、近接目視と打音検査では、鉄筋が腐食する劣化である塩害と中性化による劣化については、予防的な点検が困難である。つまり、鉄筋が腐食膨張してひび割れが生じない限り、表面状は健全とみなされるからである。表‐1に、劣化原因別の潜伏期と進展期のコンクリートの外観の状態を示す。
鉄筋の腐食による劣化は、鉄筋に沿ったひび割れの発見で見つけることができるが、腐食膨張でひび割れが生じた段階ではかなり劣化が進んでいるため、予防保全が困難である。それでも、一度にすべての鉄筋が腐食膨張するわけではないため、腐食によるひび割れを早期に発見して措置を施せば、その近辺で腐食を生じている鉄筋を予防的な対策で防食できると考えられる。いずれにせよ、定期的な点検により早期に対策を講じることが必要である。
4.診断結果の対応方法 コンクリート構造物の劣化診断の結果は、劣化グレードで判定され、劣化度Ⅲが早期の措置が必要とされ、劣化度Ⅳは緊急の措置が必要とされる。これに対して、劣化度Ⅰは健全と判断され、劣化度Ⅱは予防的な措置として、経過観察される場合が多い。この劣化判定を劣化の進行状態として評価でき、潜伏期、進展期、加速期、劣化期と連動してみることができる。つまり、潜伏期と進展期では、予防保全としての対応がとれる。コンクリートの表面から劣化する原因である凍害、化学的腐食、ASRなどの劣化構造物では、表面を保護する対策をとる。例えば、凍害などの水が一因となる場合は、防水工で対応できる。酸で侵される構造物では、耐酸性の表面保護を行うとよい。骨材のアルカリシリカ反応による劣化の場合は、早期であれば、水をシャットアウトすればよいが、背面からの浸水が考えられる場合などは、骨材の吸水を止めるリチウムイオンの注入などが望ましい。アルカリシリカ反応による劣化の防止策を図‐3に示す。
塩害や中性化による劣化の場合は、鉄筋が腐食膨張して、ひび割れが生じた段階で加速期となり、性能が過度に低下すると劣化期に入る。これらの段階では、鉄筋が腐食膨張しているため、鉄筋が腐食膨張するのを止めなければならない。鉄筋の防食対策としては、亜硝酸イオンが効果的とされている。鉄筋の錆びるメカニズムを図‐4に、亜硝酸イオンのより不動態皮膜が再生される原理を図‐5に示す。亜硝酸イオンを鉄筋に浸透させる方法としては、潜伏期や進展期では、コンクリート表面から浸透させる工法として、表面含浸工法や表面被覆工法が採用できる。さらに腐食が進行して、ひび割れが生じた初期の段階では、ひび割れを介して亜硝酸イオンを注入する方法が可能となる。さらに腐食が進み、かぶり部分が剥落したような劣化となると、構造安全性の評価を行うとともに、必要に応じて配筋をやり直して、断面修復工法が採用されることになる。
劣化が進行するに従って補修が大掛かりになり、コストもかかるので、早い段階で予防保全を行うことが維持管理では重要となる。
5.延命化のシナリオ コンクリート構造物の延命化には、維持管理のシナリオが必要となる。つまり、確実な対策を講じて、半永久構造物となる対策を講じるか、点検を繰り返して劣化が生じた都度軽微な補修をして延命化させるかの選択となる。この場合は、ライフサイクルコストを検討することになるが、計画的な供用年数が決まらない場合は後者を選択することになると考えられるが、一旦建設したコンクリート構造物をそう簡単に使わなくすることは考えにくい。もともとコンクリートでインフラを構築することは、恒久的な発想であると考えられるため、前者の選択が望ましい。その場合に問題となるのが予算の問題である。これまでに建設されたコンクリート構造物は我が国全体として100億立米ほど存在するとされており、膨大な対策費が今後待ち受けていると想像できる。
延命化のシナリオは、かかるコストを考慮して決めなければならない。
おわりに コンクリート診断士と呼ばれる資格が、公益社団法人日本コンクリート工学会で認定されている。しかし、資格者の数は、登録している人数で、約1万4千人程度であり、膨大なインフラを維持管理するには到底足りていないと考えた方がよい。維持管理のかかる人材と延命化のための予算がこれからの課題と考えられる。 今回、維持管理に関する要点について記載することになったが、本格的な維持管理を行うことについての歴史は浅く、点検技術、診断技術、さらに補修に関する技術は進化の過程にあるといっても過言ではない。維持管理を行いながら、それを記録してメンテナンスサイクルを回しながら延命化の方策を確立されることを願う次第である。
参考文献1)十河茂幸ほか:現場で役立つコンクリート名人養成講座改訂版、日経コンストラクション、2008年10月
2)十河茂幸:小規模の鉄筋コンクリート橋の簡易点検要領、積算資料公表価格版、2020.1
3)土木学編:コンクリート標準示方書【維持管理編】2018年制定版、2018年
4)(一社)コンクリートメンテナンス協会編:コンクリート構造物を対象とした亜硝酸リチウムによる補修の設計・施工指針(案)、令和2年5月